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昨日の不倶戴天の敵は 今日の刎頚の友

日がな一日世界の傍観者となって独り言をのたくった跡

どんなに大切なものでも

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 寒くなり、お茶が美味しく感じられます。お茶請けは言わずもがな。個人的には苺の方が好み。勿論半分は麿さんのところ。

 お茶は茎焙じ茶

 

 本日は熱源に囲まれておりましたのでそんなに寒く感じませんでした。ホワイトヒートレベルなら話は別だが、熱源は400℃~600℃程度なのでとても熱いというわけではない。

 ただ、それでも日常生活で接するような温度ではないので、自分が接している日常ではあるが非日常的な現場で、ぼーっと考え事をしていました(あ、待ち時間にですよ)。

 それが本日のタイトル。どんなに大切なものでも、どんなに大事なものでも、「ここ」から何も持ち出せないんだなー。っと、

 あと生きている実感なんて無いに等しいのかもしれないな。とも。何故ならば死んだ事がないから。臨死経験もないしね。だから死に惹かれるんだろうけれども、死というものは恐怖というブレーキを伴って背後に存在している。逆に生は苦痛というものを伴って行く手を阻む。どっちに転んでも厄介だ。

 

 まーそんなことを考えながら立ち回っておりました。そんな立ち回りも今のところあと2回。頑張るとしましょうか・・・・。