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昨日の不倶戴天の敵は 今日の刎頚の友

日がな一日世界の傍観者となって独り言をのたくった跡

尊氏オマエもか!

 連日ね~っとりと暑い日が続きます。相変わらず走り回っているので、重量が減って筋肉量がアップしております。そろそろ80%いくだろうか(過去最高は85%)。・・・・・・はっ!!だから脳筋野郎とか言われるのか!?

 

 して、タイトル。

 天皇から紋を下賜というか、菊の紋を使うことを許された方々というのが幾名かおりますが、足利尊氏もそうだった。後醍醐天皇の諱(いみな)から一文字もらうだけでも名誉なことなのに、紋までもらっていたのかい!とツッコミたい。ついでに普通諱から名をもらう時は下の名をもらうのが当たり前なのに、上の名をもらっている (後醍醐天皇の諱は尊治(たかはる))。

 どれだけ気に入られていたんですか?と思う。

 

 そんな尊氏、幼名は結構ひどいつけられ方をしている。彼は次男坊なのだが、父親は長男がいるのでどうやら女子が欲しかったらしい。で、生まれてきたのが男のだったもんだから、また男児か。という意味で又太郎とつけられたとか?

 俗説だから真偽の程は知らんが、事実だとしたらちょっとなぁ・・・・・・(苦笑)。

 

 あと尊氏は菊の紋の他に桐の紋も頂いている。離反した後本来なら返却せねばならないのに、何故かアレンジまでして独自性を持たせた。

 周りに流されに流されたが、結局最後(最期?)まで後醍醐天皇を裏切るつもりは毛頭なかったとされているが故、実は後醍醐天皇の臣下の中で最も忠臣ともいえるという評価を下されもしている。

 

 あと同時代、楠正成も菊の紋を頂いているが、恐れ多いというので半分だけ使用したのが、あのかの有名な菊水の紋。

 楠正成と後醍醐天皇の出会いのエピソードもかなり色々なバリエーションがあるので、何故水を配したのか謎なのだが、 水運業も担っていて氏神様が建水分神社だから。というのが最も有力な説。

 水絡みなら、名和長年も帆掛け舟の紋を頂いていることも付加しておきます。

 

 本日のお茶。

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 お茶は14年はダージリン、フラッシュ1st、チューザム茶園のアイスティー。

 お茶請けは母提供の瀬戸田レモンのケーキ。