昨日の不倶戴天の敵は 今日の刎頚の友

日がな一日世界の傍観者となって独り言をのたくった跡

一つ屋根の下、遺体と一緒

 変な気分であることは確かだ。

 

 父方の祖母は割りかと嫌いなのだが、日本人の死生観には死者に鞭打たないとか死んでしまえば皆仏という考え方が根底にあるようで、現在は器として認識している。所謂自分の目の前にあるのは「身体」ではなく、「空だ」という意識。

 生命のサイクルが終わったものと同じ空間にいて、思うことは色々あるが、今一つ実感が湧かないのは、昔とは異なり現在の死は「くしくうるわしきもの」と位置変換をしたからもしくはそういう方向性に傾けられたからなんだろうか?

 

 本日のお茶。

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 お茶はウヴァのミルク。

 お茶請けはベレ氏から頂いたチョコレートケーキ。