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昨日の不倶戴天の敵は 今日の刎頚の友

日がな一日世界の傍観者となって独り言をのたくった跡

いらっしゃ~い

日本史

 イベント参加してきたというブログから入ってくる人は多いのだが、この兄弟喧嘩から入ってくる人が結構おられる。
 日本史上に兄弟喧嘩は多いが、同母で殆ど年が変わらないでここまで盛大に喧嘩しているのはこの二人を置いて他にいないと思う。
 
 足利尊氏と直義は、何がどうなってこんなにも性格やら何やらが違うんだろうか?と思わずにはいられない。
 尊氏は回りに引っ張り上げられた印象が強いようだが、この人は中心軸が方向性(向かう方向)を失うくらいの物凄い力で周囲を振り回す性質(タチ)では?と感じる。しかも天然。もっと分かりやすくいうと、「行き当たりばったり」。
 直義は真逆。チャート式な人。ただ、頭良過ぎて必要以上に心労も耐えない人だったのでは?と思う。

 二人は年子とも一歳半違いとも二歳違いとも言われているが、一歳半違いなら桜の便りが聞かれるだろうかな?というくらいの生まれとなる。尊氏が中秋の名月よりも少し後の生まれのはずだから。


 自分も兄上とは一歳半違うが、「何でお前達の性格は反対じゃあなかったんだろうか・・・・・・。」とよく言われた(今でもごくたまに言われることはある)。別にそれは構わないが、だからといって本来家長ないし長男がやる仕事を自分に振るのはやめて欲しい。

 

 話を元に戻して、日本史上最も有名な兄弟喧嘩といったら、源頼朝源義経だろう。異母兄弟の三男と九男。余談だが、頼朝は同母の妹が一人、義経には同母の兄が二人、異父の妹が一人いる。この兄弟喧嘩は義経と仲が良かった五男だったか六男も側杖食っているが、残りは一体・・・・・・。

 

 それにしても源氏って、同族で血で血を洗うような戦いをよく繰り広げるわな(足利も姓は源姓)。
 ついでに直義も頼朝も死因は不明。


 直義は尊氏に暗殺された説もあるのだが、当時関東では新田義貞の次男こと義興(よしおき)が勢力を盛り返していた為、その勢力に担がれるのを懸念した尊氏が暗殺したという説がある。だとしたら直義が護良親王に対して同じことをしているので因果応報だな。と思う。

 

 新田義興は義貞にいるだけで邪魔な、存在しないものとされていたのに、よく父の後を継いだなと思う(元服の時に後醍醐天皇が義興と名づけたからか?)。同じくいるだけで邪魔とされていた尊氏の次男で、直義の養子の直冬とは正反対ですな。次男坊だが歴史を動かした存在という点では共通しているが(尊氏も正成もそれは同じ)。

 

 本日のお茶。

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 お茶は15年はダージリン1stフラッシュ、ジン茶園のもの。
 苺はさがほのか。ケーキは頂き物。冷凍されていたケーキで、クリスマスの時のものだそうだ。