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昨日の不倶戴天の敵は 今日の刎頚の友

日がな一日世界の傍観者となって独り言をのたくった跡

風伯によりて零れる桜 花筏となり、やがて集いし花の浮橋

日本史

 内容はタイトルとは特に関係なし。
 散った花びらが水面に浮き、やがて集まって一面を埋め尽くすという意味。

 

 先日詩をアップしたが、中途半端に文言投げ込んでくるのがまだ幾人かいるので、どうやって取りまとめようかと考え中。放置してもいいのだが、どうにもそうさせてくれないのがおるので、一応構ってみている。


 基本が『太平記』というか、『太平記』の舞台となった時代の人物達。そして南朝寄り。今まで取り上げた人物は列記しないが、北畠顕家が一向に出てこないのが不思議。脳内に現れもしない(笑)。


 4人兄弟の長男で、後醍醐天皇の北山の御幸(目的は花見だったか?)で、蘭陵王を舞った(当時14歳)ということや、花将軍と呼ばれていたこと、新田義貞と仲が悪かったこと、護良親王とは仲良かったらしいこと、様々な版がある『太平記』において戦闘シーンすらもなくいきなり死んでしまっていた版が存在していることなど、知名度の割には重要視されていない。という印象が強いせいだろうか?

 父親の親房の存在が強すぎた所為もあるかもしれんけど。

 ついでに父親は楠正儀と仲が悪い。正儀からすると親房は四条畷の戦いにおいて兄達を無駄死にさせた張本人でもあるから、まぁ当然ともいえる。

 当時16歳だった彼は「経験もない若造が意見するな。」と言われてしまっている。で、長じた後彼は親房のことを老害呼ばわりしている。

 

 まーそんなこたぁ措いといて、本日のお茶……は後で貼り付けます(最近こんなんばっかだな)。