読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

昨日の不倶戴天の敵は 今日の刎頚の友

日がな一日世界の傍観者となって独り言をのたくった跡

鞠智城 東京シンポジウムに行ってきた!

 場所は明治大学アカデミーコモン・アカデミーホール。最寄駅は御茶ノ水なのだが、初めて降りた。乗換えではよく使うのだが、改札の外に出たのは初めて。


 勘違いに気が付いて、ダメ元で事前申し込みから1時間遅れでfaxを送信したところ、受け付けてもらえた。ので、会場には余裕を持って行こうとしていたのだが、開演ぎりっぎりに会場に到着。事前に洗濯なんかするべきじゃあなかったか・・・・。

 

 入場無料ということもあってか、千人くらいいたかな?会場の1/3は女性でしたね。ご夫婦での参加というのが多かったように見受けられました。

 

 この、《鞠智城 東京シンポジウム 「鞠智城の終焉と平安社会~古代山城の退場~」》だが、報告、講演①、②、③とパネルディスカッションで構成されていました。


 自分の教養のなさも痛感したのだが、話は面白かった。講師陣営は以下(経歴は割愛)。「」は講演演目。
  報告者:西住欣一郎氏(熊本教育委員会)⇒「平安時代鞠智城跡」
  講演者:井上和人氏(明治大学大学院文学研究科特任教授)⇒「古代山城の真実―鞠智城はなんのためにつくられたか―」
      榎本淳一氏(大正大学歴史文学部歴史学科教授)⇒「東アジア世界の変貌と鞠智城 ―国際環境から見た9世紀以降の鞠智城―」
      松川博一氏(九州歴史資料館学芸員)⇒「平安時代大宰府と古代山城」
  コーディネーター:佐藤信氏(東京大学大学院人文社会系研究科教授)⇒既述4名によるパネルディスカッションの司会

 

 ここでいう古代は7~9世紀のことである。
 古代山城は現在確認されているだけでも22ヶ所あり、山岳型山城と丘陵型山城の2系統に分けられる。しかし鞠智城はそのどちらでもなく、第3の類型であること。


 古代山城はこれから見つかる可能性も高いこと。外海からの力の圧力により日本が一つ(統一)になる流れは明治時代も同じだったこと。もっと詳しく知るには隋、唐の滅亡、朝鮮半島にある山城(物凄く数が多い)などの歴史や形状なども調べなければならないこと。


 白村江の戦いにおいて、百済の中枢である忠清南道兵庫県とほぼ同じくらいの面積なのだが、そこに230ヶ所の山城が確認されている。じゃあ百済全域には更なる数があると予想される。にも関わらず、首都陥落まで10日という短さ・・・・。それ故山城無益論という論まで展開されている。

 

 大和朝廷百済に援軍を送る際、日本における最前線に当世の天皇斉明天皇も最前線エリアに移っており、実はこれが日本史上における初にして最後の天皇の全線出陣なのだそうな。
 しかし前線入りして僅か2ヶ月で崩御していることから、暗殺されたのでは?という説がある。更にその後7年間も天皇不在の期間が続く。
 壬申の乱も実は後継者争いではなく、国防に関する軍事的な見解の違いが原因とか。天智天皇時代に行なわれていた軍事事業というのが、天武天皇になってから廃止されているのがその説を裏付けてるとな。

 

 東アジアというのは中国、ロシア沿岸部、朝鮮半島、日本、ベトナムのことを指すと今日初めて知った。
 共通項は漢字、儒教律令制、中国仏教を共有するということにあり、「東アジア世界」=「東アジア文化圏」と置換出来る。但し唐の滅亡後、これは一端崩壊し、「東アジア交易圏」となる(唐の滅亡前に萌芽はしていたらしい)。日本でいう国風文化が花開いたというのが各地域で起きたと思っていただければ分かりやすいかも。


 国際的な緊張が緩和されたはいいものの、日本国内では天変地異が凄かったとのこと。有史以来最大ともいわれる富士山の噴火、貞観の大地震東日本大震災と同じもの)などに加え、疫病の流行。しかもこの疫病、新羅兵寇によって外からもたらされたものとか。

 あ、新羅兵寇って、(前期)倭寇新羅版。

 被害の文献に目を通したことはあるが、倭寇の事どうのこうの言える立場にないじゃん・・・・。ついでに後期倭寇はごちゃくちゃだったらしいが、全体に占める日本人は少なかったことが史料から判明している(出没領域に関する知識から見ればそう思うわな)。

 

 大宰府もまだ全貌が掴めておらず、大宰府周辺の山城も大宰府が存在するよりも前に築城されていたとか、平安中期の出土品はあるものの、実際にその時期に城として機能していたか不確実、城としての機能は残されてはいたけど最低限の機能維持だけしていたとか寺院などの絡みの他、唐が中華思想に則って外部に侵略を行なわなくなったのは、チベットが軍事大国として台頭してきたから。という学校では習わないような話にまで及びました。


 考えてみれば、大チベットと呼ばれる領域は物凄く大きく、そこを切り取ると現在の中国は物凄く小さくなるそうだ(一説によると現在の1/4近いらしい)。あと内モンゴル東トルキスタンと台湾、香港などを切り取ったら、どれ位小さくなるんだ?           

                            

 でー、開演が13時で、終わったのは18時近かった。
 どう考えても時間が足らないだろうと思ったが、かなり濃密な内容だったので、脳が崩壊中でした。自分レベルにはまだ早かったな(汗)。

 

 時間があれば買い物して帰るというのも手だったが、夕飯の仕度もあることだしささっと帰宅。
 ご飯はあったので、ポトフもどきと春雨サラダを作りました。今回はちゃんと食べられるシロモノだったようだ。

 

 本日のお茶。

f:id:runningwater:20170129030443j:plain
 お茶は15年はダージリン・オータムナル、シンジェル茶園のもの。
 お茶請けは冷凍庫で眠らせていたパンプキンパウンド。全部は食べていないよ。