昨日の不倶戴天の敵は 今日の刎頚の友

日がな一日世界の傍観者となって独り言をのたくった跡

誰でもいい?

 誰でもよかったと言って犯行に及ぶトモガラが、自分よりも強い者を襲撃したという話は聞かない(本能的なもんだろうね)。

  そしてメンタルの弱い自分に死を突きつけるなんて事もしない。

 何でですかねぇ?

 

 それから、そういったヤツラって(ただ)生きているのが苦痛なんだろうね。して、ソレラって「生きてみた」ことってあるのだろうか?生きる場所、別に日本に限らなくたっていいだろうに。

 

 ただ生きていくことの何が悪いってんだろうかね?解釈一つで人権蹂躙とも言えてしまう側面はあるけどな。ん?繋がりが読めないって?自分自身の人権はどうでもいいのかよ!?ってことだ。

 

 とまぁ、言ってみたところでそう簡単に割り切れるのなら誰も苦労はしないだろうね。

 

 本日のお茶。

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 大分は耶馬溪のかぶせ茶。

 お茶請けは、母提供の新宿は大角玉屋さんのいちご豆大福とずんだきんつば

 

 なのだが、いちご豆大福は消費期限が18日・・・・。母は失念していたとのことだが、ここの和菓子は消費期限を厳守していないとダメなタイプ。緑色のほわほわしたものがまとわりついておった。

 なので一部剥がして中の餡だけ食べた。いちごも食べてみたが、びみょ~にサワー風味になっとった(滝汗)。

 明日以降無事でいられるだろうか・・・・。

 ずんだは問題なし。

 ちなみに大角玉屋さんはいちご大福発祥のお店。確か昭和60年生まれだったか?(25足すと西暦の下二桁が出るよ)

 

 買ってきてくれるのは嬉しいのだが、あまりこういった失念が重なるようだとやめてほしい。

 今迄我慢に我慢を強いられてきたからその反動が出てきているのは分かるんだけれどさ(溜息)。