昨日の不倶戴天の敵は 今日の刎頚の友

日がな一日世界の傍観者となって独り言をのたくった跡

つらつら思う

 最後まで残るのは一都三県だろうな。

 とは雖も、何か今日の出勤時、人出凄いんですけど…。

 

 今回を機に、いい方向にリモートワークなどに進めばいいが、そういった方向に馴染めない、我儘ではなく自分を削れない人達が更に生き辛い世の中にならなければいいのだが…。

 

 色々なものが進化して退化して生まれて途絶えて、いつの時代も過渡期であるのだろうけれども、進歩することが必ずしもいいことばかりではないなと感じる。「そんなもの」に目を向けられることは少ないが。

 「そんなもの」に目を向ける事、悪きこととは思えぬが、快く思わぬものも多し。何が正しいのか間違え得ているのか。その正しさは異か者がどう証明出来るのか。

 

 承認しなければそれもまた義し、認識さえかなぐり捨てるもまた能し。さこそいえど、「そんなもの」が存在することを稀に望むことすらも罪に問うのは如何と思う。在り存(たも)つことを知(みと)むことを否定したのなら、そこから意識を外せばよいものを。

 数字化された生産性は数値化された生産をを顧みることなどないのだから、然もありなん。惜しむらくことだが。

 

 いきなり何を!?と思うた人、居るやもしらんが、自分は移動時間にこういったつまらないことを考えていることが多い。頭悪いからね~、無駄な事しか出来ないんよ。

 今日やることを考えて、時間が余ったら(要は脳内暇になったら)こういう思考になることは多い。言葉遣いがなんとなく古めかしいのは、実際にそういった話し方をするからだ。尤も相手の語彙力を慮った上でだが。でなければ会話が成立せんわ。

 

 本日はお茶せず。