昨日の不倶戴天の敵は 今日の刎頚の友

日がな一日世界の傍観者となって独り言をのたくった跡

カラヴァッジョ展と常設展と判断された夢展とバーミヤン大仏天井壁画展と黄金のアフガニスタン展と常設展に行ってみた

 ※物凄く長いです。

 

 諦めている展示が多い中、前売りを持っているものを片さんとー!!ってなわけで、サボタージュ決行!場所は全て上野。の国立西洋美術館東京藝術大学東京国立博物館だけ。

 カラヴァッジョ展
 経歴を見ると結構とんでもない男ではあるが、周辺や後世に与えた影響は計り知れない画家ではある。正式な名前はミケランジェロ・メリージ・ダ・カラヴァッジョ。現在確認されている真筆は60点ほど。移動不可能なものも多い。
 今回は彼の作品11点と彼の影響を受けたとされる画家達の作品40点で構成されている。日本において過去最多、世界でも有数規模となる。その他ローマ国立古文書館から、彼が起こした事件などの記録が数点出展している。

 

 自分が彼の作品に初めて会ったのは、クールベ展を見に行った時のことだったと思う。見たのは《果物籠を持つ少年》と《ナルキッソス》。とても印象に残っている。今回も来ていた。昔見たものとは解説が違っていて、また違った方面から愉しませてもらいました。
 
 章の構成が「占い、酒場、音楽」、「五感」、「静物」、「肖像」、「光」、「斬首」。「聖母と聖人の新たな図像」、「エッケ・ホモ(この人を見よ)」。で、何で斬首!?と思ったら、彼が活動していた16世紀終わりから17世紀始めは、カトリックVSプロテスタントが展開されていた時代。言い方が悪いが、如何に古代テーマを自陣にこじつけて正当性を濃厚にしていくかに芸術が使われた時代でもある。

 

 異教徒や殉教者の斬首は正当を主張するのにはぴったりな題材と言えませう。題材としては事欠かないしね。ダヴィデとゴリアテ、ユディトとホロネウス、アレクサンドリアの聖カタリナ、洗礼者ヨハネサロメ。ちょっと変化球になるがメドゥーサ(異教だが古から人気があったテーマであるし、敵対者から身を守るという暗喩もある)。
 殉教者といえば、《長崎におけるフランシスコ会福音者たちの殉教》という作品もありました。子供を含む26人が秀吉の命により処刑された事件。1600年が関ヶ原の合戦なので、それよりも前ってことになりますな。長崎にある資料館の前までは行った事ありますよ。その後地域猫と遊んでいたら時間がなくなって、資料(史料)を見るどころではなくなったが(汗)。

 斬首のコーナーではダヴィデとゴリアテが主な取り扱いで、3名の画家の描き方の違いというのを見比べることが出来る。

 

 他に印象が残ったのは。静物の章の《バッカス》光の章の《エマオの晩餐》、オレツイオ・ジェンティレスキの《スピネットを弾く聖カエキリア》、聖母と聖人の新たな図像の章の《法悦のマグダラのマリア》(世界初公開)、グエルチーノの《手紙に封をする聖ヒエロニムス》。まだあるが、挙げていくとキリがないので。
 画家本人の気性とは異なり、作品そのものは静謐に溢れている。作品の空白に満たされている彼が情は物凄く濃いのにね。なので観賞していると意識が不思議な手触り(感覚)を覚える。あれは現物と向き合ってみないと分からない。言葉にしようとも出来ないから。

 

 その後国立西洋博物館の常設展の新蔵作品を見て、一番奥で開催されている判断された夢展を見ました。
 作品の中に『ファウスト』の挿絵(?)がありました。ファウストよりも光を嫌うものという名を持つメフィストフェレスの方が描かれている点数は多かった。そして自分の脳内を支配していたのはKamelotの『EPICA』。分かる人だけ肯(がえん)じてくんさんせ。
 他連作となっていたのが、タイトルは忘れたが聖ヒエロニムスの夢を扱ったもの。挿絵はルオーで、幾度か見た記憶があったので、さらさらっと流し見をしました。

 そうそう。ショップは会期末期だった所為なのかどうなのか知らんが、ポストカードの種類が少ないなーと感じた。だが、画家がイタリア出身だけあり、食品関係のグッズは充実していた。展示会の為に引いてきたようで、外国語の表記を見るとイタリア語でしか書かれていないものが多かったですね。文法とかまるっきり分かりませんが、何が入っているか位は判別できるので色々と物色してはいました。

 

 素心 バーミヤン大仏天井壁画~流出文化財とともに~
 噴水の前で持参してきたお弁当でお昼にした後、向かった先は東京藝術大学。この展示は無料ということに加え、東京国立博物館で開催されている黄金のアフガニスタン展とコラボっているから行ってみた次第。
 行ったら丁度ギャラリートークのようなことをしておりまして、途中参加ながら最後まで聞いておりました。


 文明の十字路と言われただけあり、文化のごっちゃ感がとんでもない。ペルシア神学+仏教中央アジアの遊牧文化+ヘレニズム・インドの宗教芸術の照応=アフガニスタンの文化(基礎)。勿論拝火教(ゾロアスター教)も入っておりますがな。
 どう見ても風神の原形だなと思えるもの(雷神の原形はゼウスなのだとか?)、迦陵頻迦、女神アテナのような存在、仏教関係者に当世の王族達など色々と見ることが出来て面白かったのだが、天井画であるが故に首が痛かった。会場自体は東大仏の東部に登った時に広がる光景を再現したもので、目の前のスクリーンにはアフガンの光景が広がっておりました。
 脳内で自分の知識を総動員して、新しいカテゴリーを作って知識を組み直してという作業が楽しかった。

 

 破壊されたバーミヤンの東大仏の天井に描かれていた天井壁画の復元ですが、日本の岩絵の具ではその地の青が出ず、現地産のラピスを使ったとのことだそうな。ジャパンブルー藍色ならば、アフガンブルーはさしずめ瑠璃色ってことですな。
 ラピスを絵の具にするに当たっては不純物の少ないものを選ばなければならないので、物凄く高価になる。で、硬化発泡スチロールを下地として使うらしく、硬化と言うよりは高価と言いたいです。と言っていたのが印象的でした。あと、やっぱりここでも和紙が活躍。文化財の復元や保存って物凄くお金掛かるわな。そういったところ日本政府はあまり理解していないようで、日本は文化財にかける予算が圧倒的に少ない。美術館のチケットが高いと言う人はいるが、あの価格設定ではチケットの売り上げがどんなに良くてもあまり利益は出ないとのこと。

 

 話を元に戻しまして、バーミヤンの東大仏天井壁画は「天翔る太陽神」という名で、実は伊勢志摩サミットで現物の60%サイズで平面展示されたそうです。報道は殆どされなかったようですが、タリバンやダーイシュなどといったイスラム(を騙った)過激派が近年行なっている文化財破壊に対して、文化遺産保護を世界に訴える目的の代表格として扱われたようだ。
 確かにこれだけ面白いものを放っておく手もないと思う。


 そういえば、「天」が「sky」と訳されていましたが、「heaven」ではないのは「sky」が太陽と同様に万物を照覧するという意味合いが「heaven」よりも強いからなんだろうか?日本語の「空」は何もない空間、「天」は満ち溢れた空間というように違いがある。


 解説が終わった後は色んな人が解説者に質問をしておりましたね。自分もその一人で、顔料の材料のラピスを見せて頂いたり、バンデ・アミール湖について質問したりしました。解説者の方は凍っていた時に行った事があるとのことで、物凄く羨ましい!(流石に今は無理とのことです)

 ここではその他バーミヤンを含むそれ以外の石窟の壁画やガラスの器(1世紀のもの!)、仏像、人物像、魔衆像などがありました。いずれも流出文化財で、やがて本国へと戻ります。あと、クローン文化財と言って、忠実に再現もしくは想定再現されたものも展示されておりました。それには触って感覚を確かめることも許可されていて、ちょっと驚いた。
 クローン文化財と命名されているのは、英語で説明した時に説明しやすく、かつマイナーなイメージに傾き難いからなのだそうだ。

 

 ここを後にして向かった先は東京国立博物館。始めに見たのは常設展
 思い掛けぬ出会いがありました♪

 刀剣のコーナーに友成と虎徹の他に、なんと小龍景光がっっ!!実際佩刀していたのかは疑問視されてはいるのだが、正成さん所有の太刀♪

 鈨(はばき)に近いところの刃文の乱れがねー、もう・・・・(←取り敢えず誰かこの莫迦埋めてこい)。
 
 あとはくるりと巡って、テラスに出て庭園を眺めたり(外国人ばっかだった。てか、自分をその中に入れるのはやめてくれ)。

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 マンショの肖像画を見たりした後休憩して、表慶館で開催されている黄金のアフガニスタンへ参りました。


 藝大で開催されているものと地域がまんま被っているので、これは是非2ヶ所巡るべきだろう。
 取り上げられている地域は全てアフガニスタンの半分より上。特に東北部に集中している。アフガンの北に位置するスタンズ(タジキスタンウズベキスタントルクメニスタン)は中央アジアという位置付けだが、下のスタンズ(アフガニスタンパキスタン)は南アジアという認識で良いのかな?西はイランだからもうそこはペルシャ文明圏。ついでに東はインドと中国。アフガニスタンはワロン回廊だったかな?が現在中国が主張してる国境と接している。

 して、玄奘法師の記録にもバーミヤンのことは載っているそうだ(一体どういうルートを通っていったんだろうか?)一説には彼が目指していたのは天竺ではなく別の国だったのでは?とまで言われている。


 章の構成は「メソポタミア文明インダス文明をつなぐ謎の遺跡テペ・フロール」、「アレクサンドロス大王の東征によって生まれたギリシア都市アイ・ハヌム」、「遊牧民の王族が眠る黄金の丘ティリヤ・テペ」、シルクロードの秘宝が集まったクシャーン朝の夏の都ベグラム」、「アフガニスタン流出文化財」。
 展示のタイトルはティリヤ・テペで発掘された黄金の秘宝から来ていると思うのだが、目が点になる位凄かったです、はい。
 六基の墓から女性5名と男性1名が見つかったのだが、その装身具及び埋葬物の多さが正に目を見張らんばかり。しかしよく盗掘に遭わなかったなと思ったよ。金細工も物凄く細かく精巧精緻。物によっては現在でも使えそうなデザインのものもあった。
 ただ、埋葬された時代は特定出来ても、埋葬された彼等が一体何者なのかは全く判っていないのだそうだ。
 埋葬品の中に冠があったのだが、日本でも同じような形状のものが出土しているとのコラム(?)があり、文化というのは繋がっているんだとしみじみ思ってしまった。

 

 ここの章まではメソポタミアやギリシア、所謂西側の文化の影響が濃厚なのだが次のベグラムは東の文化影響が濃厚。特に象牙製品はインドの特産品だったらしく、どう見てもこりゃインドだろ?ってな物ばかりでした。
 素材が石膏のものはギリシアの影響、鉱物や青銅のものはエジプトの影響、ガラスはペルシアや中央アジアの影響、漆器は中国からと正に東西文明コレクション。じゃあ結局独自の文化ってなんやねん?とつっこまずにはいられない。
 象牙もそうだが、ガラス製品の数々はもう見て驚愕するしかないですね。ようまぁ、1世紀のものが銀化もせずにここまで綺麗に残っていたものだと。


 自分もアフガンで出土した、5、6世紀の銀化していないローマングラスの欠片を持っているが、場所によってはそかかかしこから見つかるらしい。これはパキスタンも同じらしく、ローマングラスの欠片をつなげたネックレスが3千円くらいで売られているのを、先日の鉱物ショーで見かけました。

 最終章の流出文化財の中に全く同じ形状のものがポンペイ遺跡から出土していると解説があり、この文明の十字路がどこから影響を受けていたのかも興味深い話ではある。 
 あと、焔肩(えんけん)仏坐像といって、両肩から火焔が出ている仏がいるのだが、これはアフガニスタン特有のもので他に類を見ないとのこと。拝火教(ゾロアスター教)と結びついたものなんだろうか?東大仏の天井壁画も『アヴェスター』も影響を受けていたし・・・・。

 

 展示で良かったなと思えたのが、人が多かったこと。79年以降のソヴィエトの武力侵攻の後、内戦になり、国際的な無関心がアフガンの荒廃をより深刻なものにしていったとも言われている。恐らく内紛の内容を語れるような人、皆無に等しいんじゃあないかな。
 そんな状況にも関わらず、重要な文化財を生命の危険を顧みずに密かに運び出し、隠し、15年にも及ぶ間鍵の番人として家族にもずっと秘して守ってきた、博物館の館員達には本当に頭が下がる思いです。

 

 展示を見終えて外に出たら、良い月が出てました。

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 この後秋葉原の日本百貨店食品館により、麿さんに阿波踊り専用エナジードリンクを、母にはあんこ入り食パンなどをお土産に買って帰りました。勿論鯨缶もゲット♪産地はアイスランドだけれどね。アイスランドのは食肉処理が上手なようで、肉に血の匂いが移っていない。鯨が美味しくないと感じるのって、血抜き処理が下手だったりするのが原因なんだよね。ハクジラ類(雑食)は鯨の中でもあまり美味しくないと言われているが、それでも美味しく提供してくれるところもあるので、それは何が原因なんだろうなぁ?と思う。
 あー、鯨食うことに関しての文句はいらんよ。先祖代々霞みのみの食生活を営んでいるってんなら話は別だが。

 

 本日のお茶。

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 お茶は伊勢玉露紅茶とルフナのブレンド。共にラスト。
 お茶請けは麿さんご所望の三越伊勢丹さんのPBのクッキー。フルーツグラノーラとチーズ。