昨日の不倶戴天の敵は 今日の刎頚の友

日がな一日世界の傍観者となって独り言をのたくった跡

綺麗に淹れられると嬉しい

 実際には好みの問題なので、それが真に正しいとも言えないことを先に断っておく。

 

 煎茶がうまく淹れられると、急須に残った葉が底で均一になる。という事象がある。自分が飲むためではなく、冷茶が飲みたいと言った母に煎茶を淹れたところ、うまくいってなんだか嬉しかった。

 証拠↓

 ついでに急須は母方の祖母が使っていたもので、現在はキラズが所持している。持ち主は居亡くなりましたが、物は健在です。さて、次の持ち主は現れるのだろうか?

 

 抹茶の点て方とペーパードリップでの珈琲の淹れ方は教えて頂いたことはあるが、その他のお茶類は全て独学。それでも何とかサマにはなるようだ。ちゃんと習ったことある人にとっては閉口ものかもしれないが( ̄▽ ̄;)

 

 珈琲は飲めないが、ペーパードリップの珈琲の淹れ方を教わったのは早かった。教わった理由は単純で、親父が飲みたかっただけのことのようだ(自分でやるのが面倒なだけだったのかも知らん)。だからといって小3のがきんちょに熱湯の入った持たせるのはどうよ?しかも母不在時に。

 して、母がいうに、まだインスタントも作れなかった時代のキラズの時は、母がネルドリップでやっていたとのこと。しかしそんな母は珈琲は飲まない…。ついでに兄妹も飲まない。しかし3人は出されれば飲む。とのこと。つまり自分の為に淹れるのは面倒なのか⁉

 しっかし何だなぁ…。兄妹もいるのに何で自分にだけ教えたよ?別段そういった作業は嫌いではないから白羽の矢が立ったのか?

 

 抹茶は小学時代の友人のおばあちゃんが茶道の先生をやっており、その時のお作法と同時に習った。長じてからは貧血を助長するので抹茶は殆ど飲まない。たまに抹茶ミルクを作る時はハンドドリッパーを使う外道ψ( ̄▽ ̄)ψウケケケケ

 ついでに伯母も茶道の先生ではあるのだが、習ったのはお懐紙の折り方や選び方ぐらいだ。しかし慶事と弔事の折り方でよく混乱する(←ダメじゃん)。

 1枚を山折り(手前が輪)にして、右角を上にずらして折る(左下がり)のが弔事。左角を上にずらして折る(右下がり)のが慶事。だったかな?

 但し自分用に使う場合は普通に二つ折りでも問題ないそうな。輪を自分に向けるのは変わらんけどね。

 あと、お懐紙と聞くとなんか重苦しそうだが、要はペーパーナプキンだ。

 

 最近使っていないから使ってみようかのぅ?今の季節は何がいいだろうかね…?