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昨日の不倶戴天の敵は 今日の刎頚の友

日がな一日世界の傍観者となって独り言をのたくった跡

ミレー展に行ってきたよ

美術館・博物館

 本日府中競馬でレースがあったようで、東府中駅で臨時停車した。なので、時間としては行くまでそんなに時間が掛からなかった。府中からバスで来る人が多いらしいが、とってこ歩くのが好きな自分は東府中駅から歩いてゆく。途中で必ず立ち寄るお店(野菜や果物が安いんだ♪)があるしね。

 

 さて、今年はミレー生誕200年に当たる年なのだそうだ。

 ミレーといえば農民画が有名だが、元々は肖像画家。で、彼がそこに至るまでの画業を追ってみよう。ってのが展示内容。実に80点以上のミレーの作品を見にしました。しかも自分は殆ど観た事がないものばかりだった。

 一番目の奥さんとその家族の肖像や2番目の奥さんの肖像など、見ていて非常に興味深かった。人物の内側までもを描くという点では、東洲斎写楽に通じるものがある。その表現力は培ってどうにかなるものじゃあないなと思うよ。天賦の才という土壌あってこそだと思う。

 

 19世紀という時代背景を考えると、当世「価値のないもの」とされていたジャンルを描き続けた動機は、やはり美術界に新風を起こすという信念に基づくものなんだろうか?と疑問に思った。自分には生活の為に描いたものとは一線を隔しているように見えたんでね。

 ミレーの作品の中で有名な《種をまく人》というのがあるが、現存している5点のうち3点が来ていた。で、あれ、麦の種かと思っていたが、蕎麦の種なのだそうだ。確かにフランスでは蕎麦を使うし、蕎麦の花の蜂蜜は珍重されお菓子作りに使われるが、種まきはあぁいうふうに投げるようにばら蒔くものなのか!?と驚いた。

 驚いたといえば、ミレーはバルビゾンに引っ越して落ち穂拾いという行為に対して驚いたそうな。何でも彼の生まれ育ったグリュシー(フランス北部ノルマンディー地方)は土地が貧しく、そういう習慣がなかったからだとか。

 落ち穂拾いは、ユダヤ教及びキリスト教の経典に貧しい人達への「お約束」として書かれていますね。

 

 ミレーは油彩だけでなくエッチングリトグラフなども手掛けている。素描も幾点か見たが、個人的にツボだったのがパステル画。油彩と変わらないような着色の仕方をしているものもいいのだが、コンテで描いて僅かに色づけられた作品がとても良かった。

 晩年故郷への思いが募るにつれ、ミレーらしくない(?)明るい色調のものが増えていました。色調が変わっていく中、彼の心境にどんな変化があったのか。興味深くはありますが、真相は永遠に知ることはないだろうな。

 

 参考展示として、ミレーの画を手本として描かれた作品やミレーの写真や一家の写真が展示されていました。結構恰幅のいい人で、自分が抱いていたイメージが修正されました。

 見終えた後は、江戸の絵画を特集を組まれていた10点ばかしの江戸時代の画を見て、ショップでお買い物をして帰途に着きました。

 

 駅に向かう途中、例のお店に立ち寄って野菜を買い漁り。北海道なよろ産の南瓜が本日の目玉として出ていたので、ホール買い♪ソフトボール2個分くらいの大きさで150円。あとは千両茄子とかキタアカリとか重いもんばっか。つくづくリュック背負って来てよかったと思ったさ。

 帰宅してお茶にしようとしたら親父が台所にいたのでお茶が出来ず・・・・・・。人の動線を思いっきりぶった切る位置にいて、動きやしない+酒と煙草をやっている輩の傍でお茶なんぞ飲む気はないから、出来ないというよりはしなかったんだがね。

 

 で、数時間後にお茶をする。っと。

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 お茶は国産釜炒り茶。

 お茶請けは東京都板橋区は菊池食品工業さんの、和三盆糖使用の甘黒豆(かんくろまめ)。お茶のお供にとあるだけあり、相性ばっちりでした。意外に熱量が高いので食べ過ぎ注意。