昨日の不倶戴天の敵は 今日の刎頚の友

日がな一日世界の傍観者となって独り言をのたくった跡

11が示すもの

 あくまで西と東の2ヶ所だけで語るとしたらの話。

 

 「11」という数字がありますな。
 西洋において11という数は「意味を持たない」という意味。無意味というわけではなく、意味そのものを持たない。「0」とも違う。敢えて言うなら空虚や虚無といったところだろうか。
 東洋において11という数は「全ての方向」を意味している。先ず四方。で、四方を二分すると八方。それに上下を加えて十方。そして最後の一つというのが自分を中心として内側に向かう方向。これで十一。

 

 それとは別にふと思ったのだが、9.11ではなく3.11(東日本大震災)をカバラ数秘術と言っていいのか?の観点から見ると、当たらずとも遠からずというところに行きつく。
 世界規模で見るならば「始まる為の終わり」、日本を中心として見るならば「終息に向かうための発進」となる。

 

 こっから下は駄文だ。

 

 んーで、その結果を踏まえて、だ。
 オカルト的な話ではあるが、自分とその親友が震災後程無くして受け取った、恐らく富士山の御祭神から頂いたメッセージ→「まだ終わりじゃない。」というのがある。だが、未だにその主語が見えない。


 震災後に色々と動いたし、隠された敵及び味方(?)という存在も炙り出された。
 事象というのは忘れられた頃に、まるでバタフライ・エフェクトが如く揺り戻ってくることがある。

 

 …………何かね、何だかね。嫌な予感がするんよ。星の巡りは落ち着いてきているのかも知らんけど、自分の皮膚感覚はそうはいっていない。
 アテというか予感が外れるといい。