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昨日の不倶戴天の敵は 今日の刎頚の友

日がな一日世界の傍観者となって独り言をのたくった跡

六葩舞う中、クラーナハ展へgo!

美術館・博物館

 「六葩」は「りくは」と読みます。別名「不香の花(ふきょうのはな)」。←素直に雪と書けや。ついでに雪って、雨冠なのは分かるのだが、下の字って何を意味するのだろうか?

 

 それはさておき行ってきました。
 で、ルカス・クラーナハってどっちやねん!?と思っていましたが、父子共に出てました(父親がメイン)。ルカス・クラーナハにはハンスとルカスという二人の息子がいる。ハンスは24歳位で客死しているが、ルカスは結構長生きしている。現在の年齢にしても。
 15世紀のドイツの人で、かの有名なルターとも親密な関係にあった人。
 世界史や倫理の授業で習うと思うのだが、この時代のドイツは宗教改革カトリックプロテスタントの対立、宗教によって権力者が都合よく切り替えられる世情。勿論絵画もそれとは切り離すことが出来ない。
 カトリックプロテスタント、共通するものもあるものの好む主題が異なっていた。クラーナハは両方受けていました。個人的な心情としては改革派だったようだが。ルターと深い親交あったし、使えた主は3人とも改革派だったしね。

 

 聖書を通読したことある人や教養が高い人ならより深ぁく味わい愉しめる展示だと思う。
 カテゴリーが幾つか作られていて、宮廷画家として、肖像画家として、版画家としての3つの顔、裸体の表現、「女のちから」というテーマ系、双方の宗教改革者の「顔」という観点から見ることが出来る。その他近代の表現者に与えた結果というのがそこらかしこに埋め込まれているので、その影響を見ることが出来る。え?この人も!?というのが多くて驚いた。
 中でもイランのレイラ・パズーキの作品には笑った。クラーナハは《正義の寓意(ユスティティア)》という作品を残している。その作品を、中国の大芬油画(だいふんゆが)村において100人の人に同時に描いてもらい(持ち時間は6時間)、出来上がった90枚を真作と同じ空間に同時展示する。つまり、一つの空間の正面に真作があり、それの贋作が90枚右側の壁一面に展示されている。という空間作品。
 製作過程のヴィデオも同時に放映していて、色んな人が色んな画法を使って描いているのも分かり、興味深かった。
 作品そのものは物凄くそっくりなものもあれば、自分の好み入れてない?といったもの、全く別物だろうといったもの様々あり、面白かった。

 

 宮廷画家としては、聖母マリアの髪の色がくすんだ金髪やワントーン明るい茶色であるものが多いことに驚いた。もう少し時代が下るとどの画家も落ち着いた栗毛色になる。
 肖像画家としては、全身肖像画の創始者といったような紹介のされ方。宮廷画家としても肖像画家としても、当世流行の服飾をしっかりと描いており、この時代のこの地域ではこんな服装が流行の最先端だったのか。というのも分かると同時に、当時のファッションリーダーって誰だったんだろう?とも思った。
 版画家としては、多色木版画(キアロスクーロ)の第一人者となりたかったのか、当世同じようなことをしていたマルティン・ショーンガウアーと競って技術を高めている。ふと思い出したのだが、この時代は聖杯がドイツで盛んに作られていた頃。これもやっぱり宗教改革と関係あるんだろうか?


 裸体の表現と「女のちから」というテーマ系が今回の展示の目玉といえよう。特に後者。デリラにロトの娘達、オンファレ、サロメ、ユディト、クラーナハではないがバテシバと、惑わし系女子多め。スザンナはいなかったのがちょっと意外だったが、このカテゴリーには共通点がある。皆鑑賞者の方に視線を向けて誘っているのだ。しかし媚びた感じはなく、薄ら寒い冷静さを持ち合わせながらも死を予感させる甘美さ(陶酔感)に満ちている。スゲェよ、クラーナハ
 目玉の余韻が強過ぎて、最終章はそう興味がもたれないような薄味にまとめてある。印象が乱反射しないような構成で好いと思う。

 

 ショップでポストカードを購入して、外に出たら寒かった。が、白梅が満開になっていることに気が付いた。いつもバタバタしているので前庭をしっかりと見る機会はなかったのだが、これを機にそちらの方に行ってみた。アジア系の男二人組みが目障りだったけど(マナー悪かったから)。
 自分の他にその白梅を撮りに来た人が幾人かいたが、うち1人の和装の殿方が妙に様になっていた。和装が似合っていただけではなく、なんてーのかねぇ?所作に品の良さというか、和装特有の男の色気?というのがにじみ出ていた。けど決して下品ではなく・・・・、う~ん・・・・そうだね、思わず振り返りたくなるような残り香を置いていくような人だった。その御仁が白梅を撮影しているのを、更なる背後から眼福じゃとか思っちゃっていたアブナイヤカラは、何を隠そう自分なんだが、それはさておく。


 白梅の隣にも梅の木があったが、こちらはまだ蕾も膨らんではいなかった。で、その対面には檸檬の木があった。初夏にこの辺りから好い香りがするのはこれが原因だったのか。と納得。そして確か国産レモンの旬は今なんだよね。年明け前は緑で年が明けると黄色くなる。

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 本日のお茶。

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 お茶はイングリッシュアフタヌーン
 お茶請けは米粉で出来た食パン。右はバターのみ。左はバターを塗った上に色がすっかり変じたホワイトベリーのジャム(イラン産)を塗ったというか乗っけたもの。

 

 お茶その2。

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 お茶は加賀の棒焙じ茶
 お茶請けは見ての通り。