昨日の不倶戴天の敵は 今日の刎頚の友

日がな一日世界の傍観者となって独り言をのたくった跡

江戸妖怪大図鑑展と徒然草展に行ってきた

 場所は太田記念館とサントリー美術館。千代田線コース。徒歩圏内コースでもあるが、休日でありかつ歩きにくいエリアなので電車を使う。時間がなかったとも言えるが。

 

 先ずは夏恒例とも言える妖怪関連の浮世絵展。今回は三部構成で全点入れ替え。第一部は化け物。気の抜けるようなものからカッコイイ構図のものとか色々と見ることが出来ます。基本武者絵が好きなのだが(過去のブログには影響を受けたイラストアップしてあるしね)、化け物といえば対峙や退治が欠かせないわけでー、それには勇猛の士や武士などが欠かせない。となると、自分にとっては二度美味しい。
 能の題材になったものも多いので、そちらも知っているとより愉しめるのではなかろうか。少なくとも自分はそうだった。


 個人的には好きではないのだが、彦七もいた。高兄弟と同じで好きになれない。戦歴とかねー功績とかねー、スゴイのは分かるんだよ。でも好きになれないんだよ。ってかむしろ嫌いなんだよ。ついでに高兄弟の兄・師直は徒然草展にも出てきた。兼好法師に紅の文を代筆してもらったしね。振られたけど。


 貞信公こと藤原忠平(でいいんだっけ?)も居たのだが、時代の所為なのかそれとも兄弟揃って怨霊やら化け物に好まれる血筋なのか(そうなってもおかしくない)、鬼に絡まれていましたね。一喝して逆に鬼の腕を掴んだら消えたらしいが。あ、兄はあのかの有名な藤原時平

 

 絵師違いで同じような構図や同じ題材が多いので、同じものの切り口を変えたものが好きな人にはいいかもしれないが、そういったものが退屈だと感じる人には退屈だろうと思う。

 

 江戸とは書いてあるが、明治時代に出版されたものもある。時代を感じさせてくれる。明治時代は妖怪やら幽霊は精神疾患特有のものと一蹴かつ一括りにされた時代なのだが、世間の怪異が普通に絵草子新聞に掲載されていた時代でもある。

 展示自体は大判物が多いのでそんなに時間は掛からないと思う。

 で、次に行ったのが最終日の徒然草展。図録は売り切れでしたね。
 今でこそ日本三大随筆の一つとされているが、作者の兼好法師は当世和歌の選者として有名だった。で、直筆の『徒然草』は残っていないのだそうだ。
 官位は従五位下だったが何を思い立ったのか突然出家。理由は今でも不明だそうだ。

 前述に高師直の代筆の話を出したが、当時能書家に手紙を代筆してもらう事は珍しい事じゃあなかった。しかし『徒然草』の中で兼好法師は「(字が下手だからといって代筆を頼む者よりも)字が下手でも一生懸命手紙を書く者の方が望ましい(好ましい?)」と書いている。師直とやり取りはあったそうだが、ちょっと穿った見方をしていた自分が居た(笑)。直球で考えると性格が悪いから嫌われたと思うけどね。⇒師直は人妻に横恋慕して、兼好法師に紅の文の代筆頼んで、拒絶されたからといってその旦那を死に追いやった。そんな性格だから嫌われたんじゃねーの?
 展示の殆どは時代の中で『徒然草』がどう捉えられてきたか。に割かれている。
 
 源氏物語伊勢物語などが様々な絵師や流派によって「源氏絵」、「伊勢絵」というジャンルを確立してきたように、『徒然草』も「徒然絵」というジャンルを確立する。中でも海北友雪(かいほうゆうせつ)という絵師は有名。何でかってーと、普通なら人気のある段落を視覚化するのだが、彼の場合はほぼ全段独自の解釈を込めて視覚化したから。
 展示の後半は彼が描いた徒然画及びそれ以外の題材を展示。生活していく為に需要に応じて制作していた絵屋時代という、経験の時代があったがため画域がとても広い。

 じっくりと見るとかなり時間が掛かるが、さらっと見ればそれほど時間は掛からない筈。で、いつものことながらというか相っ変わらずケータイやスマホのマナーは悪い。