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古代メキシコ展に往ってきた

 古代メキシコの至宝を集約!ということで、往ってきました。場所は上野の東京国立博物館

 メソアメリカのメキシコと言えば、古代文明ごちゃ盛りの地域。そんな中から今回選ばれたのがテオティワカン(前100~550年)、マヤ(前1200~1697年)、アステカ(1325~1521年)の3つの文明。

 古代メキシコと括られているが、古代メキシコは現在のグアテマラベリーズエルサルバドルホンジュラスニカラグアコスタリカの一部も入る。で、メソアメリカは16世紀のスペイン侵攻まで、様々な古代文明が栄えた文化史的領域の事を指す。

 メソは中間という意味なので、現在使用しても問題はないが、前述の意味で捉えられることが一般的らしい。ついでにメソポタミアのメソも同じ意味(ポタミアは川の意味)。

 

 メソアメリカというと似たような、もしくは同じような姿の神様がいるのだが、それぞれ別存在として認識されているのか、固有名詞が異なる。

 羽の生えた蛇の姿をした神様というのがいるのだが、アステカ文明ではケツァルコアトルマヤ文明ではククルカンと呼ばれている。なのだが、テオティワカン文明においても重要視されていたのにも関わらず、未だに名称が分からないとのことで、羽毛の蛇という名で呼ばれている。

 

 テオティワカン文明に限らず、西や日没は死を意味するという認識らしく、死んだ太陽を意味する彫刻か?として展示されていたのが死のディスク石彫(せきちょう)。

 ペロンと垂れているのは舌。舌出し行為は何か特別な意味でもあったんだろうか?

 

 トランペットと称されて展示されていた、テオティワカン文明式の法螺貝↓

 図案はマヤ様式にも似ているので、マヤ文明とも交流があったと思わせると。

 

 テオティワカンには戦士の土偶が多いが、下の画像のものが副葬品として見られないことから、子供の玩具だった可能性があるとされていた。

 10cmくらいの大きさの物でしたが、随分精巧に作られている。こういったのを持てる子供って、身分が高かったんだろうな。

 

 身分が高いとくれば、マヤ文明で貴人の土偶と紹介されていたのがこちらの方↓

 1千年以上前に着色された青色ですが、かなり綺麗に残っている。当初の色はもっと鮮やかだったんだろうか?そして原材料は何なんだろう?あと、この青はマヤ・ブルーという固有名詞を持っている。

 

 鮮やかと言ったら、テオティワカン文明のテパンティトラ神殿の壁画!

 画像小さくて分かり難いかもしれないですが、豪奢さは伝わるかと…。

 

 豪奢さでいうと、マヤ文明もまた凄い。

 これは、猿の神様とその好物のカカオの実を模した土器の蓋。

 

 これはセイバと呼ばれる聖なる木を模した器。

 

 それにしてもマヤ文明はゴテゴテの作りが好きなんだろうか?

 これ、何だと思います?

 5、60cm程高さがあると思うのだが、香炉ですよ?これ…。他にも幾点か香炉が展示されていましたが、皆大きくゴテ盛りだった。

 

 して、マヤの人々は過去の(良い)行いが未来に反映するという考え方だったからか、記録をきっちりと取る傾向にあったとな?

 これは外交を象徴する王の球技の石彫で、右がカラクルムの王、左がトニナの王だそうです。で、西暦にして727年に当たる年であることが、マヤ文字で書かれている(中央、ゴムボールの上)とのこと。

 

 マヤ文明で、今回の目玉となっているのがパレンケという都市の黄金時代を築いたパカル王の王妃とみられる女性、通称赤の女王(レイナ・ロハ)。

 見つかったのは1994年で、未盗掘だったそうだ。パカル王の墓の隣の神殿に眠っており、石棺の中が辰砂によって真っ赤に塗り上げられていたそうな。で、復元されたのが下の画像。

 下の画像からは見えないですが、上の画像の右側に細いものが見えるかと思う。何かというと、針です。

 マヤにおいてどんな階級の女性でも機織りするのは当たり前の事で、土偶や副葬品にも針は必ずと言っていい程針が入っているのだそうな。彼女もまた例外ではない。

 埋葬されたのは7世紀後半で、5,60歳くらい。身長は約154cmだと。

 始めはパカル王の母親と考えられていたが、DNA鑑定(!)の結果、血縁関係にないことが判明し、状況判断から王妃では?と考えられ、現在に至る。

 

 メソアメリカ世界では、太陽と月の他、何故か金星が重要視されている。

 夜空の石板というのがあったのだが、中央に鷲と戦士、両脇に金星と星が描かれたものなのだが、何が何だかさっぱり分らんかった…。

 中央は兎も角、両脇は、なぁ…。

 戦争や生贄で亡くなった戦士の魂は、太陽と共に天球上を旅しなければならなかった。との説明があったが、解放されることってあったんだろうか?

 

 アステカでは鷲と戦士はセットらしく、鷲の戦士像が来ていました。

 小さく見えますが170cmほどあります。等身大か否かは分からないですが。で、記憶に間違いなければ、かなり前に科博に来ていませんでしたっけ?目玉展示として。

 

 メソアメリカは雨がなく乾燥した地域ということで、雨の神様は豊穣をもたらす存在とされていた模様。

 トラロク神という名の神様だそうです。ちょっと可愛いかもと思った。

 

 今尚発掘調査は進んでおり、近年は今まで出土してこなかった金製品も出土している。どんな調査結果がもたらされるか分からないが、これから先の研究結果がまとめられ、再び来日することがあれば見たいなぁと思う。

 出展していた金製品の1つ。耳飾りとしか書かれていなかったので、この形状に意味があるのかは分からない。

 

 展示を見終えた後は勿論ショップへ。

 メキシコと言ったら酒とカカオだろう!ということで、ショップには両方置いてありました。が、メキシコはあくまでカカオ豆の生産地として有名であって、目立って有名なチョコレートメーカーはないので(失礼!)、有名どころのメーカーさんがプロデュースしたカカオ食品があったくらい。

 お酒の方は充実していましたね~。飲めないけど見ているだけで楽しかった。

 幾枚かポストカードを購入して、その後常設展示を少しだけ足早に見て帰途につきました。

 時間そのものはあったのだが、買い物したり夕飯の支度したりという予定があった為、仕方なく上野を後にしました。

 

 あ、この展示はこの後、九州国立博物館国立国際美術館に巡回予定です。