昨日の不倶戴天の敵は 今日の刎頚の友

日がな一日世界の傍観者となって独り言をのたくった跡

あんちひきこもりぷろじぇくと 配送不可とはこれは如何に?

 山梨県の果物と言ったら、何と言っても桃と葡萄。他にもあるにはあるのだが、先ずこの2つは外せないだろう!

 

 今回麿さんこと我が妹にお土産を送ったろ。てなわけで葡萄を送ることにした。桃と李も選択肢に入れたいところだが、麿さんは西瓜、甜瓜、桃、梅、李、杏、苺、トマト他の後天的食物アレルギー持ちなので、これらのものは除外しなければならない。

 しかし葡萄は問題ないし、名産だからな。といって、結構浮かれ気分で某道の駅によったところ、果物の配送をやっていないことが発覚した(;゚Д゚)

 場所としては(来た道だから)この先何もないことを知っていたので、甲州市のフルーツマップを頼りにUターンすることとなった。

 

 しっかし、勝沼エリアだけでぶどう園90超ってスゴクね?てか、勝沼だからか?(中央線駅名が勝沼ぶどう郷

 ちなみにお隣の塩山(えんざん)エリアはぶどうよりもさくらんぼ農園が多い。あと柿も有名だね。

 

 同行者さんにアドバイスを頂いて、(中略)無事麿さんに3種類2kgのぶどうを送ることに成功。

 フルーツの配送を行なっていない道の駅では、自宅用にシャインマスカットと藤稔(ふじみのり)、そして大好きなケルシー(緑色のプラム)を買って帰りました。

 

 ところで、シャインマスカットについてですが、農園の方曰く、皮の色は黄緑色よりもむしろ黄色っぽい色の方が甘いとのことです。但し、黄緑色の方が値段が高くつく為市場には流れにくいとのことでした。

 あと、今年は酷暑だった為、ぶどうの終わりも早いとのことでした。売り場にも9月中旬から売られるはずの翠峰(すいほう)が食べ頃として出ていていたので、食べ収めは早そうです。

あんちひきこもりぷろじぇくと 八本歯のコル

 行きに直登した場所、帰りは直降するのかよ。と思っていたら、そちらの方面ではなく、八本歯のコルというところから下山するとのこと。

 で、この時はまだ知る由もなかった。このコースが思った以上にハードであることに…。

 

 本日の夜明けは旭日旗模様。

 どこまで伸びているのかね?と思って光線を追って行ったら、残月の傍を通過していた。

 薄らとだけれども光線が見えるかと。

 

 朝ご飯。

 魚は鯖だったかな?

 具沢山の味噌汁はとても嬉しい。

 

 天気予報は昨晩の段階では雨になるかもしれないとあったが、今朝は晴れのち曇りに変わっていた。

 何とかもってくれると有り難いです。

 

 朝靄と雲海の中の富士も綺麗ですな。

 

 残月に見守られながらいざ下山。

 

 しばらく行ったら青空に続く梯子があった。

 登ってぴょこっと顔を出して青褪めた。

 ……(;^ω^)イケト?

 

 ツヅクノカヨ・・・(-_-;)

 

 落ちるとすると↓

 自力で這い上がってこられんな(←問題点はソコじゃない)。

 

 途中岩々を伝って下りていくことになったのだが、振り返って閉口した。

 赤矢印の、一見岩壁に見える部分ありますわな?そこに這いつくばって下ってきた。勿論このルートは登る人もいる。

 

 そこが終わると次に待っているのが↓

 上の方にうねっている梯子が見えるでしょうか。

 下りだから少しは楽かな?と思って自分が浅はかでした。これで技術及び体力レベル双方5中の3ってナニ?3くらいならなんとか行けるか?と思った初心者にとってハードル高くね??

 

 梯子を下りきって、休憩入れてふと足元を見たら、花が咲いておりました。

 花のピークは終わったと言えるが、今盛りの花、これから咲く花などまだ色は残っていました。殆ど写真撮れなかったのが少し悔やまれるけど。

 ついでに、6月中旬から下旬、北岳のトラバース道の一部のエリアには、北岳固有種のキタダケソウという白い花が咲くとのこと。

 

 あとはひたすら降っていった。途中途中砂や泥の連続スライダーに足を取られながら、非常に遅速ながら怪我無しで白根御池まで辿り着いた。

 分岐点で休憩していたところ、後から来た人が自分達の目の前でテン泊の人が転落したとの話を聞いた。沢まで落ちることはなかったものの、その後県警のヘリが来ていたころから動ける状態ではなかったと推測する。

 

 ↓白根御池近くの直登コース入り口付近の草滑り。

 

 この後広河原に向かったのだが、後続者にどんどん抜かされ、何でこんなにも自分は降るのが遅いのか悩む。

 そのうち歩くのが徐々に辛くなり、心配する同行者さんに逆切れする始末…。

 後で分かったことだが、両の親指に水膨れが出来て、それが破れてその下の皮も水膨れになっていて、更にその水膨れも破れていた為歩くのが辛かったことが判明。そりゃ痛いわな。

 足元はよく見ていないと、木の根のトラップまみれ。

 それでも何とか無事に広河原に着き、どうにかバスに乗って芦安に戻りました。

 

 芦安では木漏れ日浴びながら露天温泉(貸し切り状態でした♪)に入った後、食べ損ねたお昼を頂きました。

 北岳山荘、どうしてそう魚の皮の処理が巧いのか…。皮も美味しく頂けました。

 そういえば、今回どこの山小屋でも売店でも、三ツ矢サイダーだけが売り切れていて哀しかった。自分も飲みたかったのに…(TヘT)

 

 この後は甲府へ。夕飯はスーパーのお総菜コーナーで購入したものです。明日の朝も同じ。

 で、明日帰宅。

 

あんちひきこもりぷろじぇくと 北岳・間ノ岳へ

 いい天気ですねぇ…

 やたらと星がでかいのは、きちんとカメラが固定出来ていないから。てか、三脚ないと無理っしょ。

 

 完全な夜明けには間に合うってことで、ここで朝食。

 タコさんウィンナ~♪

 あとおひたしやら玉子焼き、沢庵、梅干しなどですね。

 

 で、ご飯を食べた後再び外へ。

 いい感じに明けてきている。

 で、少し左に目を向けると…

 御来光待ちの人達。

 これよりも前の時点で北岳に登っている人達もいましたし、夜明けと共に出発している方々も居りました。

 

 今日もいい天気になりそうだ。

 そしてより苛酷になりそうだ。

 何故ならば北岳って日本で2番目に高い山。で、その隣の間ノ岳(あいのだけ)は奥穂高と並んで日本で3番目に高い山なんですよね。つまり、日陰がない。

 

 ↑同行者さん撮影。↓キラズ撮影。

 晴れてくれたのは嬉しいが、嬉しいがー!

 そして西の方へと首を巡らせると、残月あり。

 ↑同行者さん撮影。↓キラズ撮影。

 少し首を傾けただけでライジングサンとムーンセットが見られるなんて、贅沢ですのぅ。

 カメラの性能の差もあるが、同じ景色を見ていても感性の違いがよく分かるかと。

 

 んで、時間を置いたら↓こうなった。

 雲海が凄い。

 

 北岳肩ノ小屋から北岳山頂までは1時間もかからず、難無く登頂。

 写真を撮って頂いたのだが、日の方向に顔を向けての撮影だった為、細目写真になってしまった(´-∀-`;)

 しかしなぁ…。写真を撮ってくれたおじさん、「はいチーズ。」ではなく、「はい。ちょんまげ~。」というのはどうかと。めっさ吹いちまったじゃん。ただ、ご本人曰く「だってチーズじゃ皆笑わないんだよー。」とのことでした。

 

 近くに三角点があるのだが、そこには北岳ではなく、白根岳となっていました。何故?

 そして見える景色はやっぱり雲海が凄いに尽きた。

 

 次に目指す場所は

 藍色の←、北岳山荘です。その更に奥が間ノ岳

 

 尾根道をひたすら歩くだけなのに、体力ないせいで相変わらずのスローモード。

 北岳山荘に到着して、取り敢えず一休み。

 同行者さん。

 場所は北岳山荘のテント場。

 

 荷物を北岳山荘に預けまして、軽装で間ノ岳に向かった。

 尾根道を行くのだが、自分には霧が出たら道迷いする自信はたっぷりとあった。

 途中、標高3055mの中白根山という場所を通過する。

 ボロボロですな( ̄▽ ̄;)

 

 で、ここから先が何気にしんどい。

 特に↓がクセモノ。

 これは傾いてしまっているが、間ノ岳山頂に着くまでにこれと同じのが数ヶ所もある。その度に頂上近いのかな?と思って見てみるとまだまだ先だったり、なかなかに気力を削いでくれました。

 

 こういった場所で、何往復もするトレイルランナーがいたり、テン泊(テント泊)組がいたり、越境組(農鳥山に行く人達)がいたりと様々でした。

 ひたすら歩いてようやくたどり着いた時、同行者さんは「やったー!着いたぞー‼」と絶叫しておりました。そして後続者さんに「叫んでましたよね?」と確認を取られた。

 

 左奥は北岳です。

 それから、こちらの三角点には間ノ岳ではなく、相ノ岳とありました。何故統一されていない?

 そして国立公園は実はここまで、間ノ岳から大井川源流方面は国立公園ではないのである。

 なんと社有林なんです。魂消(たまげ)ましたな。

 

 魂消たと言えば、あと2つある。うち1つが下記。

 間ノ岳山頂でお昼にしていた時、初老の男性とお話しする機会がありました。会話を交わしていたのは主に同行者さんでしたが、日本が少したどたどしかったその御仁、何と台湾の方でした。

 時折日本の山に登りに来日しているとのことだったが、北アルプスを制覇したから南アルプスに来たとのこと…(;゚Д゚)アングリデゴザイマスナァ

 

 ちなみにお昼ご飯は北岳肩ノ小屋で購入したお弁当です。

 野菜ジュースがついてきていたのには驚いたが、美味しく頂きました。

 ごはんは勿論酢飯。

 

 登頂後、北岳山荘に戻りましたが、途中幾人かに「あとどれくらいですか?」と尋ねられました。やはり皆様、あのポールのような存在がクセモノだった模様。

 それから間ノ岳を越えて農鳥山に行く人達も結構いました。白峰三山(しらねさんざん)制覇というところだろうか?自分等は予定上、北岳間ノ岳のみの登頂でした。

 ※白峰三山北岳間ノ岳、農鳥山。

 

 山荘で荷物の整理をして、お昼寝決行!

 そしてお夕飯。

 デザートに杏仁豆腐。はいいのだが、杏仁豆腐苦手になってしまっているので、あまり嬉しくなかった。匂いが劇薬指定のニ〇〇〇ン〇〇と同じ(´-∀-`;)

 

 メインは鱈のホイル蒸し。

 調理が巧いのもあり、皮も美味しく頂けました。

 御御御付(おみおつけ)も他のところで頂いた、申し訳なさそう程度に入っている具材とは異なり、がっつり野菜入りでした。

 

 その晩はかっくりと力尽きました。

 あと、歯ブラシがないことが発覚。恐らくは北岳肩ノ小屋で落としたと思しい。貴重品ではなくて良かったが、これはこれでちょっと気持ち悪かった。

 落とし物と言えば、今回登山していたルートでタオル忘れ、手袋忘れというのが結構あった。ただ、それならまだしも、眼鏡忘れというのも2件あった。

 

 魂消たネタ最後の1つですが、この北岳山荘、トイレが水洗トイレでした。

 流石に紙は流せないものの、ここ、標高2900mだよな?と思わず二度見してしまった。そしてトイレ内には「雉撃ち、お花摘み以外の落とし物は係の人にお知らせください。」とあった。大事の前の小事とはいえ、状況によったら躊躇しますな。

 

 明日はいよいよ下山です。

 

あんちひきこもりぷろじぇくと 芦安⇒広河原⇒中盤戦⇒北岳肩ノ小屋

 芦安において、標高1千mもないし、車内泊するに少し暑いかね?と思っていたのだが、夜中にあまりの寒さに目が覚めた。で、そのまま浅い眠りのまま4時に起きて支度をした。 

 

 芦安から目的の広河原まではバスで行かなきゃならない。途中に夜叉神峠(やしゃじんとうげ)という夜叉神峠登山口の近くにあるバス停までは車両は入れるのだが、そこから先は規制が入っている為、車では行けない。

 余談だが、夜叉神峠の1つ飛んで隣のバス停の名が山の神。「山の神」は、既婚男性が自分の奥さんのことをそういった言葉で指すので、この2つはセットなのか?などと思った。

 

 芦安から広河原までは1時間。かなり高い場にして沢の多い所をバスにしてはかなりの速度で移動。バスの他には乗り合いタクシーという選択肢もあるのだが、4時半過ぎには既に満席だった。

 

 広河原で腹ごしらえ也準備也をして、ふと道標を見たら目が点になった。

 早川町、歩いていくにはちょっと距離がありますな…(←そういう問題か?)

 

 今回大樺沢ルートというルートを使おうとしていたのだが、何と通行止め!( ̄▽ ̄;)マジカヨ

 と言っても、途中までは道は同じなので、出鼻を挫かれた感を背負いながら歩くことに。

 登山においてなるべく木の根を踏んだりするなとは言うものの、↓こういったのはどうのしようもないわなぁ。

 踏まにゃ歩けん。

 

 下の方はまだこんな感じで日陰が多い。

 

 まず目指すは白根御池(しらねおいけ)小屋。

 歩くのがとろいので3時間近くかかって到着。

 ここの近くに白根御池という、湧水池があるのだが、龍神が棲んでいるという伝説がある。

 ホントかよ?

 あと、ここは標高2236m程。広河原が標高1520mなので、結構登ってきたことになる。

 水深は分からないが直径20m程の湧水池。五穀豊穣や無病息災の祈願場所として信仰を集めていたようで、とりわけ雨乞いの神として知られていたそうだ。のだが、江戸時代の雨乞いの仕方がスゴカッタ。

 何故かというと、池に馬や牛の骨を投げ込んで龍神を怒らせて雨を祈願したのだという…(;^ω^)ソンナデイイノカ?

 

 で、ここからが中盤戦。

 大樺沢ルートが使えたとしても中盤戦があるのだが、今回の中盤戦は本来行く予定のなかったルートの中盤戦で、よりハードモード。何ですかね?500m直登って…。場は草原状で急斜面。

 渋滞を巻き起こすのと余裕のなさ故に、同行者共々写真を撮っていない。

 だが、そこを抜けた後ジグザグ道では花の写真を幾枚か撮りました。

 

 3枚目がトリカブトだということは分かるのだが、1,2枚目は分からない。

 

 3時間ほど時間をかけて登り切った後、小太郎尾根分岐点というところに出る。

 ここは分岐点より少し手前。目の前に見えるのは多分甲斐駒ヶ岳

 

 分岐点から北岳肩ノ小屋まで広めの尾根道だーと思っていたら、うん。伏兵がおったよ。

 赤矢印の左側、鎖場です。一方通行の為、登降譲り合わなければならない。

 自分の前にも後ろにも人いなかったので写真撮ってみましたが、分かり難いですな。

 ここを登る。

 

 登り切った後、登ってきた道を見る。尾根道は分かり易いかと思うが、…道?

 

 そして着きしは

 いきなりオヤジギャグかよ(;゚Д゚)

 つかね、来ただけなんて、単純なレベルじゃないんですが!?

 

 北岳肩ノ小屋を背にして右から左へと首を巡らせると、静岡県山梨県、長野県、岐阜県が一望出来るとな。

 岐阜県方向が西になるのかな?静岡県が東側に在ることに違和感を感じる(キラズは都民)。

 雲の向こうに見えるのは中央アルプス

 

 誰が「ブロッケン現象だ!」と叫んだので回れ右をして東側を向いてみたところ、はっきりとではないが目撃しました。

 青矢印のところに虹が見えるかと思います。

 ドイツのブロッケン山でよく見られる、山岳気象現象の一つ。日本語だと御来迎(ごらいごう)、英語だとグローリー。

 見る人の影の周りに虹の輪が出来るのだが、一体これは誰の影から形成されたものなんだろうか?誰もいなかったような気がするんだが?あと、虹と書いたが、細かいことを言うと虹とは似て非なるものです。説明は割愛♪

 

 雲が晴れたらそこに現れたるは

 富士山。

 後ろ姿だけれど、これって肖像権の侵害に該当するかな?(-_-;)  

 あまり天気が良くなく、夕焼けには恵まれませんでしたが、それでも完全な曇りよりはマシか。

 

 おまけ。

 お夕飯。

 豚ロース、キャベツサラダ、紫キャベツピクルス、しんじょう、三色豆、こごみ、あさり、おつけもの。

 苦手というか嫌いなものは同行者に食べて頂きました。

 

 例の如く夜中に起きて外に出てみたものの、星は愚か月も望めず。

 が、丑三つ時を過ぎて外に出たら、快晴で冬の星座が見事なまでに揃っていました。眼福なり♪

 

あんちひきこもりぷろじぇくと 安曇野ですることと言ったら

 穂高神社社務所で、奥穂高岳山頂にある嶺宮を登拝してきた証拠写真を見せて、登拝御朱印を頂いて、帰宅。

 勿論帰りがてら色々と農産物を購入して帰る。そして自宅にて「あんた何しに行ったの?」と言われるまでがセット。

 

 穂高神社

 漢字で書くと穂高だが、平仮名で書くと「ほたか」です。ただね接頭語の短縮ならともかく、接頭語がついてフルだと失礼ながら「ほだか」って言ってしまうこと多いんですよね…(;^ω^)

 例えば奥穂高岳。短縮すると奥穂。前穂高岳、前穂。他は西と北がある。

 そんな言い間違いするのって自分だけですかね…?

 

 境内に御神木がある。

 木から気を頂く為か、様々な人が長年触れ続けて結果、木の肌がつるつるになっている。

 

 余計なもん写っていますが、木の肌がつるつるになっているのはお分かりになるかと…。

 日焼け(=火傷)している為、指を開くのが痛かった(TヘT)尤も痛きゃやめればよかっただけの話。なのだが、それに後から気が付く時点で脳の劣化を思わせられる。

 

 して、穂高神社では嶺宮遥拝の御朱印が頂けます。

 それがこれ。

 

 証拠写真を持って申告すると、登頂した日付が入った見開きの御朱印が頂けます。

 

 今回行って、意外にも?小学生(見た目4年生くらい)が多いことに驚きましたね。圧倒的に男児が多いものの、女児も幾人かいて、総計では10人以上はいた。勿論奥穂高岳にも。

 高齢者のグループや女性だけのグループも多く、老若男女取り揃っているな~。と感じました。あ、勿論単身者もそれなりに居ました。

 

 帰りは西瓜や桃など果物をメインで購入したものの、好物のブルーベリーを買うの忘れたり、とうもろこし買うの忘れたり、その点は散々だった。ついでに今回の登山、眼鏡忘れてんだよね←ダメじゃん!!(裸眼視力は0.09と0.05)

 そんな状況で登ったわけですが、今回の怪我など⇒登り道で2m滑落。右手親指内出血+手の平を軽く擦る。3m上からラーク(落石)を食らう。左の手の平に当たるも出血などはせず。左足に水膨れ3ヶ所。両足に8ヶ所痣を作った。あとは太ももから下と左手首が筋肉痛。

 

 大したこともなく、無事帰還。これ幸い也。

 

あんちひきこもりぷろじぇくと 往ったれ上高地

 夜明け前、ざわつき+同行者のコールで目覚めた。意外と遅く、4時半前だったかな。

 では夜明けの写真をどうぞ。1、2枚目は山荘の中から撮っているので、窓ガラスの汚れまでしっかりと映っていますが、ご勘弁を。

 ヘッドライトをつけた方達はこれから出発の方達です。

 晴れた日の夜明けの瞬間って、本当に綺麗だよね。

 運がいいと一瞬だけ空がぱぁっと東雲(しののめ)色に変わる。曙色に似ている色なのだが、微妙に異なり滅多に見ることが出来ない色なんだそうだ。

 惜しむらくは今回はそういった変化はなかった。

 

 グラデーションカラーが好み。

 

 雲海が広がっていてすっきりと晴れてはいないが、これもまたよし。

 

 朝日に照らされた奥穂高岳

 去らなきゃならん日に恨めしい程の安定した好天候に恵まれたのだが、奥穂高岳山頂で御来光を臨むことはせず、朝食後一気に上高地に下ることに。

 そんな日の朝食は

 ごはんのあてが山盛りな朝食。ついでに玉子は生だ。蒟蒻があったり塩鮭があったり、金平?などがあったりしました。

 

 食事はごはんと味噌汁はおかわり自由でした。あとお茶もだったかな。

 この日の朝食の時間は自分達は5時でしたが、この後入替戦で3回朝食の時間が続く。働いている人達、いやもう、本当におつかれさまです<(_ _)>

 

 出発時はやっぱりいい天気でした。

 あとはひたすら下るのみ。途中の梯子や鎖場で、下を見ながら降りる恐怖から足震えたりしてしましたが、動かなくなるということはなかったのは幸いだった。

 

 途中涸沢小屋で気合を入れた↓

 高地の炭酸は効く。

 250mlで400円だが、野暮なこたぁ言っちゃいけねぇ(運搬費用を考えませう)。

 

 涸沢小屋からテント場を通って涸沢ヒュッテに行ったのだが、その隣にある東大診療所の近くに手描きの地図がありました。

 それから7/13~の死傷者の詳細も書き出されていました。

 亡くなったのは3人で、いずれも50代女性。場所はいずれも吊尾根界隈。

 涸沢岳でお話しした方の1人に、その50代の女性が目の前で落ちたのを見たという方がおりましたが「ホント、ぽとって落ちた。で、200m滑落だったって。」とのことでした。

 

 ホワイトボードの左端に「涸沢の紅葉を見ずして穂高を語ることなかれ」とある。ブログも語りとなるのであらば、また来い。と!?

 

 自分等歩くのがとても遅かった為、後ろから「急いでくれない?」とせっつかれたりもしましたが(勿論道を譲りました)、10時間足らずで何とか上高地に到着。

 お昼は横尾で醤油ラーメンを食べました。

 食べてびっくりした。

 醤油の味がせず、香辛料の味しかしなかった。

 で、食べ進めていくうちにちゃんと醤油ラーメンだという認識に至った。一体どれだけ汗かいていたんだろ…。

 

 徳沢で行き同様ソフトクリームを食べ、明神分岐で2度目の炭酸飲料(今度はペプシ)で気合を入れてラストスパート。

 

 ・・・そして何かね、上高地着いたら夕刻近くなるってのに、はっきり山見えるんだよね。焼岳とか明神岳とか…!

 あとで聞いたところによると、滅多にない天気だったとか?くぅ~今日登山で来た人が羨ましい。

 気を取り直して、河童橋から見た梓川も綺麗でした。

 上高地に着いた後は、お土産を購入後バスで沢渡まで移動。そしてその後車で安曇野へ。

 

 日暮れ前、安曇野で綺麗な光の梯子を見たよ。

 あと、お夕飯はコンビニごはんで済ませました。

 

あんちひきこもりぷろじぇくと 目指すは穂高岳山荘

 夜明けの涸沢カール。今日もいい天気になりそうです。

 

 朝ご飯。

 普段朝はパンを食べているので、朝から米は重いなぁなどと思いながら箸を進めた。

 

 出発時はいい天気でした。

 ここから大体700m程上昇してゆきます。涸沢小屋は奥穂高岳北穂高岳との分岐点でもある。行くのは奥穂高岳なので、まず目指すはザイテングラート。

 ふと横を見ると、確かに落ちたら助からんなぁと思った。

 怖くて下を見て撮影はちょっと無理でした。

 

 ザイテングラートに入ってからだったかな?見慣れているのに見慣れないものを見てしまったのは…。

 つかね、どうしろと!?

 2度見したことは言うまでもない。

 誰だよ、積み石とお賽銭までしてしていったのは‼(何となく気持ちは分かる)

 ちなみにこれ、あおりで見ると抜けるような青空をバックに背負い、朝日を浴びて燦然と輝く剥き玉葱になる。

 恐らくテント泊の人の落とし物だと思うのだが、誰がこの状況を想像したであろうか…(´-∀-`;)

 シュールレアリスムの世界ですかね?

 

 あともう一つ、見慣れているのに見慣れないもの。

 ヘリコプターを見下ろす。

 見上げることはあっても見下ろすこと、先ずないですね。配送の時間でしょうか?

 下は涸沢小屋の対面にある涸沢ヒュッテと東大の診療所です。

 

 して、休憩も多めに挟み、時間を多めにかけてゆるゆる~っと穂高岳山荘へ。

 

 到着後、天候が不安定で周りが見えないことを承知の上で奥穂高岳山頂へ。

 山頂の近くにはこれがあります。

 晴れていると富士山や槍ヶ岳を臨むことが出来るのだが、周辺は真っ白で殆ど何も見えなかった。ただ、一瞬晴れたおかげでジャンダルムを見ることは出来ました。

 奥穂高岳山頂は西穂や前穂からも来る人もおり、社交場兼写乞う場になっておりました。ついでに軽装の人もいればかなりの重装の人もいるので、装備を見るとどこから来たのか大体見当つきます。

 

 あと途中、すれ違ったグループの方に「昨日涸沢小屋に居ましたよね。」と言われ、素直に返事したものの、そんなに自分って目立つかなぁ?と思った(多分髪が長いせいだと思うが)。

 

 話を元に戻して、山頂の近くにこれがあるということは、山頂には何があるかというと…

 穂高神社の嶺宮。

 

 よくかような場所まで石材運んだよな。ここくるのに梯子や鎖場結構あるのに。

 

 神社とくれば、勿論持って行きましたよ。

 初代お守り水晶と2代目お守り水晶。

 バックが青空だったら良かったんですがねぇ。まぁ、仕方がないかな。

 

 その後山荘に戻り、お昼にした。

 お蕎麦。

 ラーメンにしようかうどんにしようか蕎麦にしようか悩んだ結果、上のものに落ち着きました。上にちょこっと映っているのが同行者が食べていたカレー。

 

 その後山荘にチェックインして、キラズのみが涸沢岳山頂へ。同行者はというと、お昼寝。

 奥穂高山荘は今年100周年ということで、ピンバッジを頂きました。

 100周年記念のグッズも出ていたのだが、欲しいものが売り切れていたのでショックだったのだが、当初の予想以上の売れ行きだったらしく、再来月以降来荘者限定のオンラインショップで再販してくれることに♪

 

 奥穂高岳山頂とは違い、涸沢岳山頂は30分も掛からず行ける。

 特に何かあるわけでもない。

 行き交う人幾人かとお話をし、写真を撮って帰りました。

 

 これは北穂方面かな。

 

 これはちょっと分からない( ̄▽ ̄;)

 

 頂上から足元を臨む。この時点で怖くて足震えてんだよね。

 奥穂高岳は日本で3番目に高い山で百名山の一つ。涸沢岳は8番目に高い山。ただしいずれも3千メートル超。そりゃ恐怖で震えて当然だよね。

 

 戻ってきたら

 こんな天気。こちらは東側です。

 石の壁の向こうは急峻な下り坂で、残雪もあるのだが、この時期の残雪は色の白い氷のようなものだから、ツルリと滑って奈落行きだろうな。

 こんな感じである。

 して、壁と山荘に間には石のベンチやテーブルがあるのだが、そこは日が暮れるまで宴会場と化しておりました。元気ダヨネ。

 

 西側はどうだかというと、夕焼け劇場という名称がついておりました。

 生憎天気が良くなく、綺麗な写真を撮れなかった。

 少し時間が経過して

 この後さらに曇ってしまい、写真は撮ったものの良くなかったのでアップしませんでした。

 

 ブレブレですが、お夕飯。

 塩サバとか和風パスタとか野菜コロッケとか大根のお煮しめなど。味噌汁の具は茄子。デザートは林檎のコンポート。

 

 夕食後ボケーっとした後に寝たのだが、X時間後、時間にして午前1時にキラズは同行者に叩き起こされました。

 何だろう?と思ったら、「外に往こう♪」ということでした。

 

 防寒着を着て外に出たら、すっかり空は晴れて満天の星+天の川とご対面。

 満月に近い月が出ているはずなのだが、両サイドが山であるため隠れていたのかもしれない。疑似経験はしたことあるものの、この時生まれて初めて星明かりなるものを実体験した。心の底からじんわりと感動したのは言うまでもない。

 して、僅かながら星の知識はあるので夏の大三角形を探したり、黄道星座を探したりしてしばらく自分が聞き取れる程度の小声で話しておりました(当方ささやき声は全く聞き取れない)。

 

 流石に星空の写真を撮れなかったが、それも仕方あるまい。

 で、身体が冷え切る前に山荘に戻って就寝しました。

 

あんちひきこもりぷろじぇくと 目指すは涸沢

 ゆるゆる登山が基本なので、そうハードな行程ではない。

 

 沢渡(さわんど)で車中泊した後、目指すは涸沢(からさわ)小屋。

 沢渡ナショナルパークゲート⇒上高地バスターミナルが車両移動。以下徒歩である。

 上高地バスターミナル⇒明神分岐⇒徳澤園⇒横尾山荘⇒本谷橋⇒Sガレ⇒涸沢小屋で、7時間程。

 

 そろそろ涸沢小屋が見えるかな~?というところで雷雨に遭った(T_T)

 朝、とてもよく晴れていたんですがね。山の天気は変わり易い。

 朝、上高地河童橋から焼岳を望む。

 

 山間部の朝は、どこの幻想世界だ?という光景を目にしますね↓

とか

 朝霧が出ている間だけ目にすることが出来る光景です。

 

 

 上高地から歩くことしばらく。

 分岐点がある。

 それがここ。

 左に行くと穂高奥宮こと明神池がある。

 そこの御朱印は↓です。

 現在では「上高地」と書くが、それは元々「神降地」から来ているとのこと。

 

 次の分岐点は徳沢。ソフトクリームが美味しい♪

 ここは蝶ヶ岳との分岐点。

 そして次なる分岐点は↓

 字が潰れていますが、左が涸沢方面、右が槍ヶ岳及び蝶ヶ岳方面へと分岐する。

 左を見ると橋が見える。

 ここの前にも新村橋(現在は工事中)という橋があるのだが、そちらは穂高の瞳と呼ばれる奥又白池へ行くルートと、国内最大級の岩場こと屏風岩の頂上、屏風ノ頭に行くルート(涸沢に通じている)がある。

 恐らく自分は生涯訪れることはないだろう。何故ならば破線ルート(難路指定)だからだ。

 

 いくら直射日光対策しているといっても暑いものは暑いんで、

 こういった木陰があるとホッとします。

 

 途中

 屏風沢↑という風通しの良い所に出ますが、所々で「ここで休まないで/落石多し」の看板が多言語で書いてあるところに出る。

 確かに右を見たらガレ石の坂があったから食らったらひとたまりもないだろう。運悪きゃ左の下り↓に呑まれるだろうなぁ…。

 歩いていくうちに天気が悪化してゆき、雷が鳴り始めた。あとは前述の通りである。

 それから、ほんの僅かとはいえ、アイゼンなしで雪上移動するとは思わんかった…。ちなみに当方ポール(スキーのストックみたいなもの)は持っていない。

 

 山小屋についてぐったりして、しばらく休んでいたところ、誰かが「外晴れたよ。」と言っていたので、外に出たところ思わぬプレゼントがありました。

 それがコレ↓

 夕刻でほんのりとしか見えんかもしれんが、中央やや右寄りに虹が見えるかと…。

 

 ついでに名物?スマホツリー↓

 壁はただのベニヤなので乗っけるよりもぶら下げて充電した方が安全のようです。

 

 お夕飯↓

 ブロッコリーイカだったかな?の酢の物、切り干し大根、餃子、胡麻ドレがかけられたキャベツの千切り、オレンジ、豚肉のソテー。漬物(高菜だったかな?)とごはんと味噌汁。具はお麩だったと記憶している。

 

 雨に打たれた所為もあり、夕飯後は荷物整理をしてとっとと寝ました。

 

ぺたるすとーむ じゃぱにぃずあぷりこっと編

 このタイトル使うの2度目だな( ̄▽ ̄;)ついでに前回使ったのは3年前だ。

 

 幾度目の正直か分らぬが、高尾梅郷に往ってきた。

 まずここに辿り着く。

 稲荷山ルートが使えなかったので6号ルートを使用。

 

 いい天気でしたよ。

 春の陽気なのにも関わらず、雲一つなく比較的明瞭に富士山が見えた。写真だとぼやぼやですがね…。

 

 頂上から奥高尾方面に抜けて、着きし場所は↓

 ここでお昼にしました。茶屋もあるしね。

 いや、もうなんてーの?くしゃみの大合唱でした。同行者こと保護監督責任者は花粉症ですが、自分はまだ発症していないのでその辛さは分からない。辛いということは見ていて分かるが。

 同行者曰く「花粉の巣の中に飛び込むようなものだ。」とのことだが、自殺行為ではないのだろうか…?

 

 途中で↓という看板を見かけたのだが、挑戦した現代人、恐らく存在するんだろうな。

 高尾→美濃→箕面(みのお)コース。

 自分にゃ無理だな。もれなく膝をやっちまうだろうから。

 

 話を元に戻して、山頂で頂くお茶や珈琲、味噌汁は最高だ。ってなことで、同行者がインスタント味噌汁を用意してくれました♪

 近くのテーブルにいた別グループの方々はドリップの珈琲を愉しんでおりましたね。

 一応自分も茶葉の用意はしていたのですが、味噌汁の誘惑に負けました。あと、用意した茶葉がTB(ティーバッグ)ではなかったというのも大きかったですね。お茶パックに入れてTBの形状にしてはいたのだが、葉が開かんと味や香りも開かんだろうというのも選択しなかった要因の一つ。

 

 山の茶屋といったら忘れちゃならぬのがきのこ汁。これは食事後、お茶代わりにってことで同行者と分け合っていただいた。

 味噌ではなく醤油味のとろみ汁でしたが、旨いことには変わりない。

 

 食後向かった先は小仏峠

 中央道を使ったことがある人なら、聞いたことがあるはず。小仏トンネルはよくよく渋滞するので。

 山の道は晴れていた所為もあり、なかなかに雰囲気(←何の!?)のあるところでしたよ。

 奥の方に見えるのは相模湖です。

 

 廃屋のある小仏峠に着くと、実測ルート地図を売っている人がおります。

 それはそうと、明治天皇巡幸碑が立っているんですよね、ここ。高尾が明治の森とついていることから繫がりはあるのかもしれないが、巡幸当時どんな場所だったんだろうか?

 これが巡幸碑なのだが、何故に狸(右下)がおるんだろうか?

 小仏峠、景信山、陣場山(陣馬山)と分岐する地点にも狸いるんですよね。

 この大きさのもの、態々こんな場所まで運んできたのか?何のために!?とツッコミを入れたくなる。てか、入れた。

 

 小仏峠を後にしたらあとはどんどん下るだけ。そのまま高尾梅郷を抜けて高尾駅北口までまっしぐらだ♪

 

 これでようやっとタイトルに繋がる。

 高尾駅北口から小仏まで、梅林が8つある。所々で梅の花や香りを楽しみながら下っていきました。意図的なのか、殆どが白梅。意図的だとしたら実が使えるからか?

 して、写真は殆ど撮っていない。途中最も大きな梅林で撮ったものがこちら↓

 白梅の隧道を通っていたところ、風が巻き起こり花びらに包(くる)まれました。所謂ペタルストームというヤツです。ジャパニーズアプリコットは英語で梅の事。原産は中国大陸なんですがねぇ…。

 現在「花」はそれとなく「桜」のことを指すが、それよりも前は「(白)梅」を指していたので(それよりも前は「萩」)、花嵐の内容を明確にする必要もないし、なんだか野暮ったく感じるのだが、書いているヤカラが月(がち)だから問題なかろう。と思ってつけている次第。同じ読みでも雅致であれば少々難があるやもしれんが。

 

 この梅林の名は木下沢(こげさわ)梅林。

 ある場所というのが…

 中央道こと、中央自動車道の下。

 その他湯の花梅林、荒井梅林、天神梅林が圏央道の下とも言える場所にある。

 そして全てではないが中央本線から見ることが出来る。

 

 梅林の白梅が満開になった景色を銀世界ということもあるようだが、まぁ聞き慣れませんね。雪が残っていれば話は別だろうけれど。

 ※銀世界:全て一面に白く美しいことにいう言葉でもある。

 

 梅林は小仏の方から、旧甲州街道沿いに小仏梅林、木下沢梅林、するさし梅林、湯の花梅林、荒井梅林、天神梅林、関所梅林、遊歩道梅林とあり、それが終わると甲州街道にぶつかる。

 するさしは摺指と書くのだが、読みにくいのかここだけ平仮名。木下沢の方が読めないのだが?あと、近くにある峰尾豆腐店の豆腐ドーナツはオススメ。

 するさしはこんな感じだ。

 

 荒井梅林は知っている人は知っているんじゃあないかな?湯の花トンネルの列車銃撃慰霊碑がある場所だから。

 天神梅林は高尾天満宮があることから来ている。関所梅林は小仏関所があったことが由来している。

 

 甲州街道にぶつかった後、北上して駅を目ざす。で、甲州街道を上っていく最中、駅の近くに和菓子屋さんが2件あるのだが、生憎萬盛堂さんがお休みだったので有喜堂支店さんでお買い物。夕方だった所為か殆ど商品ナカッタケドネ(特に揚げパンが全種全滅していた)。

 買った後は外で食べられるようにかベンチが置いてあり、同行者が分けてくれた桜餅が美味しくて再度お店に入ってお土産として買って帰った。ちなみに桜餅は長命寺(ちょうみょうじ)タイプ。

 

 アップダウンもあまりなく、比較的ゆるゆる~っとした工程だった筈だが、足が痛くなった。勿論土曜日なのでこの後習い事という名の強制冷却(水泳)を実行。

 さて、明日は筋肉痛になっているだろうかね?

梅を見に行きました

 候補は幾つかあった。で、一番行き慣れている所にしようってことで、百草園(もぐさえん)に往ってきました(←ジェラートが目当てなだけだろ?)

 

 朝は曇っていて寒く、百草園駅で降りた人は自分と2人。そして百草園に向かったのは自分だけ・・・。他にも行く人達はいたようなのだが、裏道?を使っていた為目的地が同じ人とは出会わなかった。

 ここの前を通る↓

 手すりが朱塗りになって分かり易くなったと同時に、階段の峻嶮さにうんざりするようにもなった大宮神社

 

 で、こんな道を歩く。

 地元の人とわんこ以外には会いませんでした。

 こっちルートで行こうとする人はあまりいないだろうな。ちなみに案内がないわけではないです。

 

 入園料は300円ですが、割引を使ったので2割引きで入園しました。

 今回少しばかり早かったかなー?と思いました。自分の好きな品種の多くがまだ蕾だった。一応行く時期は揃えているつもりなんですが。

 

 写真を撮りながら園内をほっつき歩いていたら晴れて暑くなり、人も増えてきた。

 園内はこういった感じです。

 百草八幡宮方面。閉鎖されています。

 

 百草城址からの眺め。

 隣の百草八幡宮に行っても分かるのだが、昔ここに何か建っていたよね?という、不自然な空間があることはよく分かる。

 

 三檪庵(さんれきあん)というお茶室の入り口。上に咲いているのは一重野梅。

 いい天気です。

 

 実のところ、2月か3月以外百草園を訪れたこと、ないんですよ。何か勿体無いなぁとは思うものの、基本行動がクラゲ(流されるままフラフラと彷徨う)なので足を向けたことがない。…さて、今年はどうかな?

 

 寿昌院手植の梅。

 彼女は松連寺の中興開祖。百草園は寺跡に作られた庭園。

 

 隣の八幡宮からは天平時代の遺物が発掘されたり、百草園自体も八世紀位?から存在していたりとかなり歴史は古いのだが、歴史を賑わせるのは享保年間(1716年~)から。という認識で良いのかな?⇒つまりよく分からん。一つだけ言えることは長い歴史を持つということだけだ。

 

 お茶室の他にかやぶき屋根の座敷もある。そこの名は松連庵。こちらでは吊るし雛などが展示されていました。

 それから三檪庵も松連庵も一般の人が借りることも出来るそうです。

 流石女の子の節句ですな。華やか♪

 

 華やかに花を掛けまして、撮った花の写真でも…。

 まんさく。

 

 見驚(けんきょう)。

 

 蓮久(れんきゅう)。

 

 青龍枝垂(せいりゅうしだれ)。

 

 満月枝垂(まんげつしだれ)。

 

 藤牡丹(ふじぼたん)。

 

 玉垣(たまがき)。

 

 田毎の月(たごとのつき)。

 

 ネコヤナギ。

 

 2枚とも日本水仙

 

 三椏(みつまた)。

 

 寒咲菖蒲(かんざきあやめ)。

 

 白椿。

 

 その他、菫や雲南黄梅、蝋梅、福寿草、馬酔木などが咲いていました。

 

 隣の百草八幡宮に移動する時に遭遇した梅。

 見辛いかもしれないが、巨木であることは分かるかと。

 

 百草八幡宮の本殿の裏も巨木が多いので好きな人にはたまらない。

 

 園内を散策していたらよもぎ茶をサービスされた↓

 よもぎが苦手が自分でもすんなり飲めたのだが、よもぎの浄化力とキラズ(←健康茶を飲んで体調を崩すヤカラ)が毒性、さぁてどちらが勝つことやら。

 

 百草園を後にしたら、向かう先はアルティジャーノ・ジェラテリアさん。本当は手打ち蕎麦のむら岡さんにも寄りたいのだが、そんなにお腹に入らないだろうってことでいつも断念している(TㇸT)

 

 切通しを通ってアルティジャーノ・ジェラテリアに行ったら、お客さんが居なくて「!?」となった。尤も丁度昼時だったからなんだろうけれど。

 頼みしはコーンのダブル。500円です。1万円札使用不可で、現金のみ。味は支払いの後に選べます。

 自分が選んだのは、左がいちごミルク。右がみるくベリー。お一人様なら店内で食べることが可能なので日向ぼっこしながら堪能しておりました。

 ミルクティーとかマンゴーなど、全部で14種類程メニューがあり、目移りしまくった(;^ω^)

 

 その後川崎街道をご機嫌モードで聖蹟桜ヶ丘まで歩いてゆき、食材を購入して帰りました。そして地元でも買い足して帰宅。

 

 帰宅したら14時頃だったので、色々と用事を済ませて、言わずもがなティーターイム♪

 お茶は徳寿。

 お茶請けは、左は福島県石川郡はお菓子のさかいさんの幸福の黄色いブッセ。バターとチーズのブッセ。

 真ん中は広島県廿日市市は紅葉堂さん製造、同県呉市は蜜屋本舗さん販売の蜜もみじ。中は宮島産のはちみつを使ったはちみつ餡。蜂蜜!という感じではなく、優しい味わいで全体的にしっとりめでした。

 右は先日三島(静岡)に行ったお土産。

 静岡県沼津市は雅心苑さんのどら焼き・珠流河(するが)。自己主張がそう強くないあんこのどら焼き。

 

 いずれも相性は好かった。特に蜜もみじと良かったかな。

 んで、追加(←マテ)

 ふくしま桃のお菓子。

 製造者は福島県郡山市はかんの屋さん。

 白餡がとってもピーチ💗(←日本語を話せ)

 

 切り方汚いが、センターはこんな感じだ。

 生地は桃山生地。

 お懐紙は季節に合わせてみた。のだが、慶事と弔事の折り方で混乱。…情けねぇっ!

 

 あ、こちらも相性好かったです。ただ、合わせるなら玉露がいいかなぁ?などと思った。

 

 明日仕事を頑張ったらまたお休みだが、歯科が控えているのでまた耐えなきゃな・・・。